霊魂学 ときどき ねこと龍と名古屋のことと

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ナナちゃん!!! ザ・台湾!!

今日はナナちゃん!!です。

 

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台湾押し!!

 

 

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ちょっと、遠くから

 

 

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近づいて~!!!

 

 

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ど~~~~ん!!!

 

 

そして!!

 

 

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寒くなりましたね・・・・

 

みなさん、風邪にお気を付けください!!!

 

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年末 ~招きネコさんからの投稿です~

 

年末も近くなり・・・長く放置してきた住所録の整理をしてみました。

 

今まで、関わってきた人の数・・多いのか少ないのかは分かりませんが、薄く長くつながっている人達。

 

いまや、年に一度の遣り取りは、お互いの生存確認をしているように思います。

 

こうして幸せ家族も多く見かけますが、幸せであるほど霊的な事に気が付かず、不幸であるほど霊的にも辛いんじゃないか・・そんな世の中を見ているように思えました。

 

 


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入会前の霊魂に対する思い込み ~ヒスイさんからの投稿です~

 

霊魂 と聞くと、昔は幽霊のようなイメージしかなく、暗闇や事故現場、逆に人に混じって普通に歩いているんだとか、

または守護霊、指導霊といったことも聞いたことはありましたが、

いずれにしても単体で遭遇するようなイメージがついていませんか?私だけでしょうか。

入会する前の私はそんな感じでしたし、霊魂も霊も呼び方の違いぐらいにしか思っていませんでした。

今思えば、金縛りだのなんだの、霊的な体験談には興味はあっても、霊魂そのものに興味が行くことがなかったんですね。

 

自覚がなくても人間の肉体には幽体が重なっています。霊魂と一般に呼ばれる存在は肉体がない、ただそれだけで今生きている私達と何も変わりません。

死んだら霊魂に「なる」のではなく、肉体という物質の身体があってもなくてもどちらも霊魂なんですね。

 

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話は戻り地上の人間が会社やグループを作って集団で動くように、霊魂も組織を作ります。

私達契山館に対して専属で動く霊魂団もあれば、何かしら目的を持って好きにグループを作ったり、団体や少数で動く霊魂など質の高低や目的は別として、皆自分の自由意思で集まっています。

それらとは逆に強制的に従えさせられる集団もあるらしいのです。

 

生きる為にはお金が必要ですので、お金を得ることを目的にある程度は許容しながら働くことになります。

幽体のみの存在になると、衣食住を心配する必要がなくなり働くことがなくなりますので、霊魂の世界で自由に生きることになります。

ところが、霊魂の世界でも下に行けば行くほど念で痛めつけることが当たり前になるらしく、やり返すか従うか逃げるか。あまり自由とは言えないようです。

今のうちに幽体を鍛えておけば、そういった霊魂がいない階層に行けます。実習すると、何も見聞きできなくても、そう確信が持てるんですね。

 

霊魂学を知らない人が勘違いしやすいことはなんだろうと考えてみました。幽体の強さと念の強さは別です。幽体の質が低くても、念の強い霊魂はいます。

幽体の強さとは、肉体でいう体力にあたるので、肉体は体力、幽体は霊力ということになります。霊力と念力を同じように考えている人は多いんじゃないでしょうか。

幽体のみの存在だと、念を受けて八裂きやミンチになってもすぐ元に戻りますが、痛みがダイレクトにくるようです。そして、エンドレスです、、

肉体に重なっている幽体は深い傷がついても元に戻りませんし無痛です。もし何か感覚があったとしても、幽体の気持ちが正確にわからないように、幽体の痛みが正確に肉体に伝わるとは考え辛いです。

例えば頭痛がすると普通は風邪かな?とは思っても、殴られた!?とは思わないですよね。

大人数で寒冷地に行って全員が風邪をひいたとして、頭痛や咳、腹痛など肉体の個人差があるのは自然に理解できるのに、霊的なことになると何か単純に捉えがちなんじゃないかなと思いました。

 

幽体を鍛えると霊魂学の理解力が自然にアップするようで、今理解し辛くても、後々腑に落ちる楽しみができます。

とりあえず鍛えてみませんか?どんなもんかやってみたい、興味がある。それだけで十分ですので。

 

 

 


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イチョウの木 ~招きネコさんからの投稿です~

 

 

街路樹のイチョウの木がすっかり、刈り取られている一帯がありました。このままでは落葉の嵐ですから、毎年、こういう光景だったのでしょうか?気が付きませんでした。

 

イチョウの木の中には、幹を切り落とされているものがありました。

 

太い幹の年輪が見えましたので、成育しすぎで何かの障害になっていたのか、病気か何かだったのでしょうか・・

 

人の采配といいますか、決められた範囲で生きていかなければいけないということを目の当たりにしたようで、後味が悪い光景を見たように思いました。


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霊魂学って宗教なの? ~匿名さんからの投稿です~

水波霊魂学は、宗教の分野に属するとされる一方で、科学のようなものだとも言われます。

 

この一見矛盾するような表現は何を意味するのでしょうか? 今回はそのことについて書かせていただきたいと思います。

 

『霊魂からの伝言』には、霊魂学、たとえば、死後の世界や霊魂の実在は、本当は科学が実証すべき分野だと述べられています。

 

しかし、科学者は物質にしか関心がなく、霊魂を相手にしていないのです。よって、ほんの一部の学者と除くと、大多数は霊魂を真剣に研究する気がありません。

 

また、研究する気になったとしても、霊魂の世界は物質ではなく、幽質に世界であるため、物質の世界の機械で測定することができず、現在の科学では解明できないのです。

 

科学では解明できないけれども、霊魂学は、霊魂は有るか、無いか、死後の世界は有るか、無いかを、そして、そこには、どういう事実や法則があるのかを探究する学問であり、事実の発見を積み重ねていくという手法がとられているのです。

 

さて、宗教に属するということは、どういうことかということですが、どんなに新しい事実がわかっても、現在の科学の範囲外のことであり、科学的に証明できないのであり、その根拠が示せないため、結局、宗教の分野であるということなのです。

 

よって、宗教といっても、宗教における伝統的な考え方、つまり、絶対不変の教義や教えというものがあって、それをただ頑なに守り主張するということではなく、どこまでも、事実、真実を追求するものであり、新しい発見があったり、誤りがあれば、躊躇することなく修正していくということです。よって、その意味では、科学な手法というのに近いと言えるのです。

 

なお、霊魂学は、神霊という偉大な存在を抜きにはできないのです。神伝の法という霊的なトレーニング法により、霊的な進歩、向上に励みながら、霊的な真実の探求を推し進めることにより、最終的には、神霊への信仰に至るものなのです。

 

 


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重なっているからこそ ~カピバラさんからの投稿です~

肉体と重なっている幽体ですが、見えないし感じることもできないので、たとえ、幽体が不調になっていても、気づくことができません。

 

長い間、幽体が不調な状態が続くと、肉体にまで悪影響が出てくるようです。

いくら肉体の健康に気をつけていても、幽体が不調なせいで、病気になることがあるそうなんです。怖いですよね。

 

やはり、幽体の存在を知り、幽体が健康になる努力も必要だと思います。

それには、霊的トレーニングを行うことが一番良い方法です。

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